「寂蒔の空間を占めた三島由紀夫の美的人生論」と「抵抗権と国家緊急権及び条約法に関するウィーン条約」
- 行政書士 森 政敏
- 2016年7月3日
- 読了時間: 8分
まずは皆さんに、三島由紀夫さんの遺した作品群である四部作の「豊饒の海」の最後の四分目の作品の「天人五衰」の引用です。私はこの作品が非常に好きで、「源氏物語」的な魅力を感じます。
作品の内容が素晴らしいのはもちろん、物語の構成が上手すぎる。では、さっそく引用です。
三島由紀夫「豊饒の海‐天人五衰」ページ342より引用
「これと云って奇巧のない、閑雅な、明るくひらいた御庭である。数珠を繰るような蝉の声がここを領している。そのほかには何一つ音とてなく、寂寞を極めている。この庭には何もない。記憶もなければ何もないところへ、自分は来てしまったと本多は思った。庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんとしている。…… 同上 p.342」
以上引用終了。
実は「豊饒の海」は四部作で、そのページ数は超膨大で、そのページは時間であり、そこを占めるために、文章が綴られていて、三島文学独特の「言葉の耽美・多種性」は、読み進めるのを困難なものにします。
私がこの作品を読み終わったのは、高校を卒業したばかりの頃でした。辞書を引き引き沢山の単語を読み、覚え、またそれを繰り返すの連続で、大変でしたが、最後には「生きる」というのは、「認識した空間を時間で埋める作業の繰り返し」であり、人が生きることは、つまり、死ぬことを意味しています。
豊饒の海の天人五衰の最後の書き方は、本当に、あっさりとしていて、「空虚で、渦巻いた雲も晴れ渡り、先の先まで見通せる程全てが見渡せて、人であることを宿命として感じ」ました。
結局は、何もないのです。テーマは輪廻転生なのですが、死ねない人生は、まさに「人の業」であり、「人が罪深い存在である」という言葉も連想させる作品群です。
この作品は、全体を通して、輪廻転生と唯識論的作品で、なんかわかる気がしました。
実は私の出身校の一つに「駒澤大学」があります。「駒澤大学」は仏教系の大学で、法学部の私も、仏教は必須科目でした。
「駒澤大学」は、道教の中の曹洞宗という宗派で、独特なのが「只管打坐」といい、「ただ、ただ座禅を組んで瞑想する」という宗派です。その瞑想のなかで、悟りを開くのです。
この点は同じ道教でも臨済宗とは違いますね。臨済宗は、「公案」と呼ばれる問答を出し合って、正解の出ない問題を、とても難しい哲学的問題を解くのですね。
この臨済宗の開祖は、一休宗純さんが創始者であったと記憶しております。そうです。あの「一休さん」です。「公文式」のはじまりも臨済宗の公案ですし、江戸時代の日本人が絵馬のような木の裏に、町中の大人が寄り合って、今でいう数学3Cレベルの数学の問題を解けていたのも、このような環境があったからです。
さて、話が脱線しましたが、仏教では宗派は違えど、「悟りを開く」「業」「四苦八苦」「解脱」などは共通です。
その中でも、この「豊饒の海」と関係の深い概念が「唯識論」です。「唯識論」は、自分にとって全ての存在が唯、八種類の識によって成り立っているといものです。
感覚と意識、2つの世界の無意識が八種類の識の中身で、これらが私たちの感覚や無意識に影響を与えるというものです。
よく、「諸般空想」「諸般無常」などといいますが、この「諸般空想」に含まれる「空」は、私たちが認識したあらゆるものが識でしかないのであれば、全ての存在は主観的な存在なのであるとし、即ちこれは、実体のな者であるというのが上記の「諸般空想」という概念です。
このような仏教テイストの物語が軸になり、三島由紀夫さんの「作家」としての「遺作」の「豊饒の海」四部作で、実は、この作品は、三島由紀夫さん自身が、1970年11月25日に自衛隊市ヶ谷駐屯地に乗り込み、クーデターを起こそうとした時の心境に近いものがあり、その意味で、「自伝的作品」であるともいえます。
三島由紀夫さんのクーデター騒ぎは、三島さんが日本国憲法改正を訴えて、解釈によってその存在が肯定されたり否定されたりする自衛隊の国軍化を図ろうとした事件として一般的には考えられていますが、私はそうは思いません。
、その理由は、当日駐屯地に持ち込んだ「檄文」が最後まで垂れ幕に書かれており、途中で演説を中止し、割腹自殺をするシナリオがあらかじめ作られており、その通りに実行したものであるのと、三島由紀夫さんの出身校が東京帝国大学法学部を卒業し、その後も死ぬまで、憲法問題について強い関心を持って勉強しおり、法学部生であれば知っていて当然の知識を持っていたであろうと推察できるからです。
その知識とは、「抵抗権と国家緊急権 憲法保障の最終手段」についてです。
まず、「憲法保障」とは何かについてであるが、憲法保障とは、最高法規性をを有する日本国憲法(外国の憲法も)に抵触する国家行為を事前に防止し、場合によっては事後にただすことによって、憲法の同一性を維持・回復することを指します。
憲法が正常に機能している段階ではなく、戦争や内乱などの、平時でない状態のときに、平常時の制度だけでは憲法秩序の維持が不可能な場合になったときに、そのような重大緊急事態において憲法秩序を維持し、又は、立憲主義に反する非常措置を一時的に許すことがある。
いわゆる「国家緊急権」であるが、この「国家緊急権」は本来国家共同体の存在を目的とする超実体憲法的性格のものであるが、法的規制を受けない非常権限がかえって憲法秩序の転覆に悪用される例も多くみられ、そのため、諸国憲法は、国家緊急措置権を規制する規定をおき、非常権限の内容や発動手続きを定めることが多い。
「国家緊急権」が、外部から(戦争)あるいは内部から内乱やクーデターを受けた時に、憲法転覆に対処する国家の権限であるのに対して、国家機関による憲法秩序の破壊に対して主権者国民が自らの抵抗によってこれを防衛することも認められる。この国民の持つ抵抗権も、本来的には国家の国民に対する圧政に抵抗する自然法上の権利として主張されたものであるが、憲法秩序を排除しようとして企てる者に対して、この他に、手段がない場合に、国民の抵抗権の行使を認めたドイツの基本法(第20条4項)の存在が有名で、三島由紀夫はこのような議論がなされていることを当然に知っているものと考えられるので、やはり、クーデターが成功するとは思っていなかっただろうし、成功しても、上記の「憲法保障」の力により、国軍化した憲法は、情勢が落ち着いた後に、憲法の同一性を回復することくらいは知っていたでしょう。
三島由紀夫は、遺作の「豊饒の海 四部作」の他に、平岡公威(本名)本人としてのライフワークに、「文化防衛論」を書いている。
この「文化防衛論」の中でも、憲法の問題に触れ、当時「今日の自衛隊は憲法に照らして違憲なのだから、憲法を改正し、国軍化」を成文法である日本国憲法に記載するべきであると説いている。
また、三島由紀夫は、当時、自衛隊に簡単に出入りでき、日本刀なども持ち込むことができるくらい自衛隊と太いパイプがあったにもかかわらず、拳銃の一丁すらも駐屯地から持ち出さずに、日本刀のみで、クーデターを行おうとしたのである。
私は、三島由紀夫の死は、「芸術の完成」であると考えており、三島由紀夫は、自分の人生及び自身の生命、身体、財産の全てをもって、「一つの芸術作品」として私たちに見せているのであると推察できる。
三島由紀夫の人生は、あまりにも、華麗で、奢侈で、その肩の甍を聳やかして歩いても全く恥ずかしくない、美しい人生であった。
三島由紀夫は、1925年(大正14年)1月14日に生まれ、終戦を経験したのが、1945年(昭和20年)8月15日のことで、この数字の並びが奇跡的に美しく、また、夭逝・夭折を切望し、畳の上で死ぬことを嫌いながらも、自分もその様な死を遂げるであろうと述べていたのとは異なり、1970年(昭和45年)11月25日である。
平岡公威(本名)の家は、まさに華麗で、名家に生まれた。また、幼少期から、作品を執筆し、処女作の「花ざかりの森」であり、15歳のときに執筆し、周囲を驚かせ、また、学生としては、学習院初等科に進み、また、大学は、東京帝国大学法学部を首席で卒業し、その後、大蔵省に入省し、事務官に任官した。
体が弱かったので、大蔵省をやめ、本格的に文壇にデビューし、数々の名作を残したが、その中でも、「詩を書く少年」は短編小説としては、非常に気持ちの良い作品で、言葉の多義的な使用方法や語彙力は素晴らしかった。
また、自伝的小説の「仮面の告白」も高い評価を得た。
書き出したらきりがないほどに完璧な人生であり、「完璧な人生そのもの」が「芸術作品」であったといえる。三島由紀夫の遺作「豊饒の海 四部作」では、大乗仏教をテーマに、耽溺な輪廻転生と、唯識論に基づいた、認識は、他社は客観的なものではなく、主観的なものであり、また、生前に、三島由紀夫は、「男は美の客体足りえない」と述べているのに反して、「美の客体」そのものであったといえる。
みなさんも、もし三島由紀夫さんにご興味をお持ちでしたら、純文学初心者や三島由紀夫初心者、普段あまり小説を読まないというかたには、大衆向けの作品である「潮騒」を読むことをお勧めします。
三島由紀夫という人自体に興味をお持ちであれば、「憂国」「仮面の告白」をお勧めします。
そして、私が単に好きな作品は短編小説の「詩を書く少年」「ラディゲの死」「急停車」なんぞがいいと思います。
時間があって、最後に、「諸行無常」「悟りを開く」「輪廻転生」「大乗仏教」「神風連史(明治時代に実際にあった熊本鎮台に、刀のみで乗り込み西洋を拒絶した者達の話)」に興味があって、どっぷりと三島由紀夫に浸りたい方は、「豊饒の海 四部作」(「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」)を読んでみてください。
今日は長い記事でした。